「バスケットボールのトレーニングを考える会」のフェイスブックページで「ボディワークとは何か?」ということを考えているうちに、2010年9月に発売された『インナーマッスルを使った動きづくり革命パート2』(森川靖著 有限会社あほうせん)の「おわりに」で“共感”について書いたことを思い出しました。そこの一部を引用しておきたいと思います。
私がトレーニング指導の仕事を始めてからすでに20年が過ぎました。「本当にこの仕事をして生活していけるのだろうか?」という不安を抱えながら何とか地道に積み重ねてここまでやってきました。こうした節目の年に自分の考えてきたことを本として出版できることをとても幸運に思います。
最近では、自分の指導しているチームに“インナーマッスルからの動きづくり”のイメージがだんだんと伝わり、学年が上がっていくごとに“力強くしなやかでキレのある動き”ができる選手が出てくるようになり、大変うれしく思っています。しかし、その反面、いくら伝えようと思ってもまったく気づかない、あるいは理解してもらえない選手やコーチがまだまだたくさんいるのです。
確かにこちらが指導していることが難しすぎる、細かすぎるということはあるのですが、理解できた選手やコーチ達は、あるとき「そういうことだったのか!」、「なるほどね!」と“腑に落ちる”体験をしているのです。腑に落ちた瞬間に今まで私がいくら説明してもまったくわからなかったということが、一気に理解できてしまうのです。それはあたかも今までわからなかった言語を瞬間にしてわかるような感じです。いったい何が起こったのでしょうか?
そこでは、今まで自分には無かった感覚に“共感”するということが起こっているのです。この“共感”を得るために私は選手に「内観を探ってください」と言っています。
自分の内部感覚というのは自分の中で閉じたその人固有の感覚でしかありません。例えば、人はつねられたら“痛い”というけれどその痛い感覚は、自分と他の人と同じ感覚であるという保証はどこにもありません。これと同じようにお尻を締めてジャンプするという感覚も自分と他の人と同じであるという保証はないのです。保証がないにも関わらず、ジャンプ力のある人たちの話をいろいろと聞いてみると、ジャンプするときには「そうそうそう! そういった感じ」とほぼ同じような内部感覚を持っているのです。つまり、ジャンプ力がある人には高く跳ぶための“共通感覚”があるのです。
例えば、A、B、Cの3選手にお尻を締めてジャンプするという感覚について3人で話してもらうとします。A選手とC選手はお尻を締めてジャンプするとまったく太ももに力が入らないという共通感覚を持っているのですが、B選手はお尻を締めても太ももにも力が入ると主張します。どうしても太ももに力が入るB選手は、A選手とC選手のいうことが納得できません。しかし、A選手とC選手ともにジャンプ力があるとすれば、B選手は「ジャンプ力のある選手はお尻を締めてジャンプしても太ももに力が入らない感覚なんだ。もしかして自分の主張していることが違っているのかもしれない」と思うようになるでしょう。
そこでB選手はいろいろと自分の内部感覚を探っていくのですが、なかなかA選手とC選手のいう共通感覚が見つけ出すことができません。しかし、ストレッチやトレーニングなどさまざまなことをする中で、あるときに不意にお尻を締めても太ももに力が入らないという今までにない感覚を経験するのです。すると、その瞬間にA選手とC選手のいうお尻を締める感覚が腑に落ち、“共感”するのです。こうした共感が起こったときに初めて今までB選手が自分で思っていたお尻を締める感覚がA選手やC選手と違うということに気づきます。このときB選手は、自分の閉じた感覚の世界の殻を破り、一段階広い世界に到達することができるのです。そのときには、今までまったくわからなかったことが将棋倒しのように一気に解決してしまいます。
「内観を探る」ということを通してしか自分の外側にある感覚を身につける方法はないのです。このときには自分の内側にある感覚をいったん否定して違った感覚を探さなければならないので、非常にしんどく根気のいる作業になってくるのです。しかし、いったん殻を破って外側の感覚を手に入れてしまうと、自分が今までなんと小さな殻に閉じこもっていたかに気づいてしまいます。こうしたことがわかれば次からはどんどん新たな感覚を獲得することができるようになってくるのです。
現在の私の課題は、こうして内観を探っている選手にどのように“共感”を持たせることができるかではないかと考えています。できるだけ多くの選手が“共感”できるようなトレーニングやコンディショニングの方法を提供できるようにこれから精進していきたいと思っています。
(『インナーマッスルを使った動きづくり革命パート2』p.202〜204)
これを書いたことを思い出したとき、私がこの本で伝えようとしていることは今まさに話題にしている“ボディワーク”的課題なんだと気がつきました。「何を今さら?」と思う人もいるかもしれませんが、ボディワークに携わっている人たちと交流を持ちながらまさに“共感”したという感じです。多くの人たちが同じような課題を抱えてなんとかさまざまな人たちに伝えようとしているんだということに気づき、なんだか勇気をもらった感じがします。
みなさん、ありがとうございます。
